Web開発においてリッチテキストエディタの選定は、プロジェクトの成否を左右する重要な決定事項です。次々と登場する新しいライブラリの中から、要件に最適なものを見極めることは容易ではありません。 本記事では、2025年時点で主要な10のライブラリを厳選し、それぞれの技術的特徴と適用領域を体系的に整理しました。実装を検討される際の指針として活用いただければ幸いです。
1. Editor.js
Editor.js は、Notionに代表されるブロックベースの編集体験を提供するモダンなリッチテキストエディタです。 各コンテンツ要素を独立したブロックとして管理することで、柔軟なレイアウト構成と高い拡張性を実現しています。
ブロックベースアーキテクチャ
すべてのコンテンツ要素(見出し、段落、画像など)を独立したブロックとして扱います。 この設計により、ドラッグ&ドロップによる直感的な再配置が可能となり、複雑なレイアウトでもDOM構造の簡潔性が保たれます。 従来のインライン編集方式と比較して、保守性と拡張性の両面で優位性があります。
構造化データ出力
標準出力形式としてJSONを採用しており、HTMLに依存しないデータ管理が可能です。 これにより、XSS攻撃への耐性向上、バージョン管理の簡素化、フロントエンド・バックエンド間のデータ連携効率化などの利点が得られます。 モバイルアプリケーションやAMP対応においても、構造化データの再利用性が高い点が特徴です。
プラグインエコシステム
公式およびコミュニティ製のプラグインが豊富に提供されており、YouTube埋め込みやコードハイライトなどの機能を必要に応じて追加できます。 モジュラー設計により、使用する機能のみをインポートすることでバンドルサイズの最適化が可能です。 TypeScriptによる型安全な独自ブロック開発もサポートされています。
モバイルファースト設計
タッチインターフェースとレスポンシブデザインを前提とした実装により、モバイルデバイスでの操作性が確保されています。 コンテキストメニュー方式の採用により、限られた画面領域でも効率的な編集作業が可能です。
2. Quill
Quill は、軽量性と高速レンダリングを重視したリッチテキストエディタです。 独自のDeltaフォーマットによる差分管理システムを採用し、シンプルなAPIを通じて高度なカスタマイズを可能にしています。
パフォーマンス最適化
最小限のバンドルサイズと効率的なレンダリング処理により、初期ロード時間と入力レスポンスの両面で優れたパフォーマンスを実現しています。 メモリ使用量も抑制されており、SPAやモバイル環境での採用に適しています。
Deltaフォーマットによる状態管理
JSONベースのDeltaフォーマットを採用することで、ドキュメントの差分を効率的に管理できます。 この仕組みにより、履歴管理機能やリアルタイムコラボレーション機能の実装コストが大幅に削減されます。 また、構造化データとして扱えるため、サーバーサイドでの処理も容易です。
テーマとモジュール設計
SnowとBubbleという2つの公式テーマに加え、CSS変数による柔軟なスタイリングが可能です。 機能はモジュールとして分離されており、必要な機能のみを選択的にインポートすることで、アプリケーションの軽量性を維持できます。
直感的なAPI設計
メソッド呼び出しによるフォーマット適用・取得が直感的に行えるため、学習曲線が緩やかです。 カスタムBlotの定義により、メンションや数式などの特殊なインライン要素も容易に実装できます。 主要フレームワーク向けの公式ラッパーも提供されています。
コミュニティとエコシステム
活発なオープンソースコミュニティにより、継続的な機能改善とバグ修正が行われています。 豊富なドキュメントとサンプルコードにより、実装時の課題解決が迅速に行える環境が整っています。
3. TinyMCE
TinyMCE は20年以上の開発実績を持つ、機能充実型のWYSIWYGエディタです。 エンタープライズグレードの機能セットと商用サポートにより、大規模システムでの採用実績が豊富です。
包括的な機能セット
表編集、画像処理、メディア埋め込み、数式エディタなど、Webパブリッシングに必要な機能が標準またはプラグインとして網羅されています。 初期実装の工数を大幅に削減でき、プロトタイピングから本番運用まで一貫して使用できます。
エンタープライズ対応
50以上の公式プラグインが提供され、アクセシビリティ支援やコラボレーション機能など、企業要件に応える高度な機能が利用可能です。 商用ライセンスでは、SLAによる品質保証と専門サポートチームによる技術支援が提供されます。
国際化とローカライゼーション
40以上の言語リソースが標準で提供され、双方向テキスト(BiDi)やIME入力への対応も完備しています。 グローバル展開を視野に入れたプロジェクトにおいて、追加開発なしで多言語対応が可能です。
柔軟なデプロイメント
クラウドCDN版とセルフホスト版の両方が提供され、プロジェクトの要件に応じて選択できます。 CDN版では自動アップデートによる最新機能の利用が可能で、セルフホスト版ではカスタムプラグインの組み込みなど高度なカスタマイズが行えます。
商用サポートとSLA
エンタープライズプランでは、優先的なバグ修正、セキュリティパッチの提供、専門技術者によるサポートが契約により保証されます。 ミッションクリティカルなシステムでの採用において、リスク管理の観点から重要な選択肢となります。
4. Draft.js
Draft.js はFacebookが開発したReact専用のリッチテキストエディタフレームワークです。 Immutable.jsによる不変データ構造を基盤とし、Reactのエコシステムと深く統合された設計が特徴です。
React統合の最適化
エディタコアがReactコンポーネントとして実装されており、propsとstateによる双方向データバインディングが自然に行えます。 仮想DOMによる差分レンダリングにより、複雑なUI構成でも高いパフォーマンスを維持します。
イミュータブルな状態管理
Immutable.jsによる不変データ構造の採用により、状態変更の追跡と管理が容易になります。 これにより、Undo/Redo機能の実装やタイムトラベルデバッグが簡潔に実現できます。 ReduxやMobXなどの状態管理ライブラリとの統合も円滑です。
エンティティシステム
リンク、メンション、ハッシュタグなどをエンティティとしてモデル化し、テキストとは独立した属性管理が可能です。 この抽象化により、複雑なインライン要素の実装が安全かつ効率的に行えます。
デコレータパターン
デコレータAPIを通じて、特定のテキスト範囲に対してカスタムReactコンポーネントを適用できます。 シンタックスハイライトやリアルタイムバリデーションなど、高度な表示ロジックを分離して実装可能です。
高いカスタマイズ性と実装コスト
最小限のコア機能により極めて高い柔軟性を提供する一方、ツールバーや画像管理などの基本機能も自前実装が必要となります。 Reactに精通した開発チームにとっては理想的なフレームワークですが、学習コストは相応に高くなります。
5. Slate
Slate は、完全にカスタマイズ可能な「ヘッドレス」リッチテキストエディタフレームワークです。 スキーマレスな設計により、あらゆる種類のドキュメント構造を表現できる高い柔軟性を提供します。
スキーマレスアーキテクチャ
事前定義されたスキーマに制約されることなく、任意のノード構造と属性を定義できます。 これにより、表計算アプリケーションやマインドマップなど、従来のエディタでは表現困難なドキュメントタイプもネイティブに実装可能です。
プラグインベース設計
すべての機能がプラグインとして実装され、コア機能からキーボードハンドリングまで、あらゆる挙動を差し替え可能です。 この設計により、必要最小限の機能から始めて段階的に拡張する開発アプローチが可能となります。
階層的ドキュメント構造
ネストされたブロック要素を自然に扱えるため、複雑な階層構造を持つドキュメントの実装が容易です。 テーブルセル内でのエディタインスタンスの起動など、再帰的な構造も簡潔に表現できます。
TypeScript最適化
コアライブラリがTypeScriptで実装されており、包括的な型定義により優れた開発体験を提供します。 カスタムノードやプラグインの追加においても型安全性が保たれ、大規模プロジェクトでの保守性が向上します。
コラボレーション対応設計
操作をオペレーション単位で管理する設計により、CRDTライブラリとの統合が容易です。 YjsやLiveblocksなどと組み合わせることで、リアルタイムコラボレーション機能を効率的に実装できます。
6. Tiptap
Tiptap はProseMirrorを基盤とするヘッドレスエディタフレームワークです。 ProseMirrorの強力な機能を簡潔なAPIで抽象化し、主要フレームワーク向けの統合を提供しています。
ヘッドレスによるUI分離
編集ロジックとプレゼンテーション層を完全に分離することで、任意のUIフレームワークやデザインシステムとの統合が可能です。 モバイル特化UIやアクセシビリティ要件への対応も柔軟に行えます。
ProseMirrorの抽象化
ProseMirrorの学習曲線を大幅に緩和しながら、その強力な機能セットへのアクセスを維持しています。 宣言的なAPIにより、カスタムノードやマークの定義が直感的に行えます。
モジュラーな拡張システム
画像管理、表編集、コラボレーションなどの機能が個別のnpmパッケージとして提供され、Tree Shakingによる最適化が可能です。 独自拡張の開発もTypeScriptで型安全に行えます。
マルチフレームワーク対応
Vue 3、React向けの公式統合に加え、Svelte、Solidなどのコミュニティ統合も利用可能です。 フレームワーク非依存な設計により、技術スタックの変更にも柔軟に対応できます。
商用拡張とクラウドサービス
オープンソースコアに加えて、リアルタイムコラボレーションやAI支援機能などの商用拡張が提供されています。 これにより、開発速度と機能性のバランスを取りながら、エンタープライズ要件にも対応可能です。
7. CKEditor 5
CKEditor 5 は、モジュラーアーキテクチャを採用した新世代のWYSIWYGエディタです。 プロフェッショナルグレードのUXと豊富な機能拡張により、出版システムや大規模CMSでの採用が進んでいます。
モジュラー設計による最適化
最小限のコアに機能をプラグインとして追加する設計により、アプリケーション要件に応じたバンドルサイズの最適化が可能です。 不要な機能を除外することで、パフォーマンスとメンテナビリティの向上を実現します。
ネイティブコラボレーション
商用アドオンによるリアルタイムコラボレーション機能は、設定のみでGoogle Docs相当の共同編集体験を提供します。 インフラストラクチャとセキュリティがクラウドサービスとして提供されるため、実装コストが大幅に削減されます。
プリセットとカスタマイズ
Classic、Inline、Balloonなどの UIプリセットが提供され、即座に本番投入可能な品質を実現しています。 同時に、webpackベースのビルドシステムにより高度なカスタマイズも可能です。
リッチメディア対応
画像処理、動画埋め込み、ドラッグ&ドロップアップロードなどのメディア管理機能が充実しています。 RESTful APIとの連携も標準サポートされ、既存システムとの統合が容易です。
エンタープライズサポート
商用ライセンスでは、SLAに基づく品質保証、優先的なセキュリティパッチ提供、専門技術チームによるサポートが含まれます。 規制産業や大規模組織での採用において重要な選択肢となります。
8. ProseMirror
ProseMirror は、構造化ドキュメントを扱うための低レベルエディタツールキットです。 トランザクショナルな状態管理と強力なプラグインシステムにより、あらゆる編集要件に対応可能な基盤を提供します。
スキーマ駆動の文書モデル
ノード、マーク、属性を型安全に定義するスキーマシステムにより、文書の構造的整合性が保証されます。 複雑なネスト構造や制約条件も宣言的に表現でき、データの一貫性が維持されます。
トランザクショナル状態管理
すべての編集操作がトランザクションとして記録され、アトミックな状態更新が保証されます。 この設計により、複雑なUndo/Redo実装や、コラボレーション時の衝突解決が効率的に行えます。
包括的なプラグインAPI
入力処理、ビュー更新、状態管理など、エディタのあらゆる側面がプラグインとして拡張可能です。 この柔軟性により、ドメイン固有の要件に対して深いレベルでのカスタマイズが可能となります。
ネイティブコラボレーション設計
Step(操作単位)ベースの差分管理により、CRDTやOperational Transformationとの統合が自然に行えます。 多くのオープンソースコラボレーションライブラリとの実績があり、カスタム実装の自由度が高いです。
最適化されたレンダリング
仮想DOMを使用せず、必要最小限のDOM操作により高いパフォーマンスを実現しています。 大規模ドキュメントでも一貫したレスポンシブ性を維持し、モバイル環境でも快適な編集体験を提供します。
9. Lexical
Lexical はMeta(旧Facebook)が開発する次世代エディタフレームワークで、Draft.jsの設計思想を継承しながら、より高いパフォーマンスと柔軟性を実現しています。
最小限のコアと拡張性
数十KB程度の軽量なコアに、表、コードブロック、履歴管理などを個別に追加する設計です。 この approach により、アプリケーション要件に応じた最適なバンドル構成が可能となります。
フレームワーク非依存設計
DOMとイベント処理を抽象化することで、React、Vue、Svelteなど任意のUIフレームワークと統合可能です。 この設計により、技術スタックの変更や マイクロフロントエンドアーキテクチャへの対応が容易になります。
アクセシビリティファースト
WCAG準拠を前提とした設計により、キーボードナビゲーションとスクリーンリーダー対応が標準で組み込まれています。 国際化対応も充実しており、BiDiサポートやIME処理が適切に実装されています。
高度な最適化アルゴリズム
独自の reconciliation アルゴリズムにより、最小限のDOM更新で高速なレンダリングを実現しています。 メモリ効率も優れており、リソース制約のある環境でも安定した動作を提供します。
活発な開発とコミュニティ
Metaのコアチームによる積極的な開発が続いており、定期的な機能追加とパフォーマンス改善が行われています。 TypeScript による実装とAPIにより、優れた開発体験が提供されています。
10. Monaco Editor
Monaco Editor はVisual Studio Codeのエディタエンジンをブラウザ環境に移植したものです。 IDE レベルの高度な編集機能をWebアプリケーションで実現できる、開発者向けの専門的なエディタです。
フルIDE機能の提供
シンタックスハイライト、IntelliSense、リファクタリング支援など、デスクトップIDEと同等の機能をブラウザ上で利用可能です。 Language Service Protocolとの統合により、言語固有の高度な支援機能も実現できます。
包括的な言語サポート
数十種類のプログラミング言語に対する組み込みサポートに加え、カスタム言語定義の追加も可能です。 TextMate文法との互換性により、既存の言語定義資産を活用できます。
高度な編集機能
差分表示、マルチカーソル編集、高度な検索置換など、プロフェッショナル開発者が必要とする機能が網羅されています。 これらの機能はVS Codeと同じ実装を使用しているため、一貫した操作性が保証されます。
Web Worker による並列処理
構文解析や補完計算をWeb Workerで実行することで、UIスレッドのブロッキングを回避しています。 この設計により、大規模ファイルの編集時でも快適な応答性を維持します。
柔軟なカスタマイズシステム
エディタの挙動、キーバインディング、テーマなど、あらゆる側面がJSON設定により制御可能です。 VS Code拡張機能の一部も移植可能で、既存のエコシステムを活用した機能拡張が行えます。
選定指針とまとめ
リッチテキストエディタの選定においては、機能要件、カスタマイズ性、パフォーマンス、開発リソースなど複数の観点から総合的に判断する必要があります。
ライブラリ | 技術的特徴 | ライセンス形態 | 適用領域 |
---|---|---|---|
Editor.js | ブロックベース・JSON出力 | OSS(MIT) | モダンCMS・ブログ |
Quill | 軽量・Delta形式 | OSS(BSD) | 軽量アプリケーション |
TinyMCE | フル機能・エンタープライズ | OSS + 商用 | 大規模CMS |
Draft.js | React特化・Immutable | OSS(MIT) | React SPA |
Slate | スキーマレス・高柔軟性 | OSS(MIT) | カスタムエディタ |
Tiptap | ヘッドレス・簡潔API | OSS + 商用 | モダンSaaS |
CKEditor 5 | モジュラー・協調編集 | OSS + 商用 | 出版システム |
ProseMirror | 低レベル・高性能 | OSS(MIT) | エディタ基盤 |
Lexical | 次世代・軽量 | OSS(MIT) | 新規開発 |
Monaco Editor | IDE機能・言語対応 | OSS(MIT) | 開発環境 |
プロジェクトの技術要件と制約条件を明確にした上で、上記の特性を参考に最適な選択を行うことが重要です。
この記事は役に立ちましたか?
もし参考になりましたら、下記のボタンで教えてください。
コメント